健診結果の向こうにあるもの
血圧、血糖値、コレステロール、肝機能。並んだ数値にA・B・Cの判定がついている。
面談の前に結果に目を通しながら、私はいつも同じことを考えます。
「この数字は、何を表しているのだろう」
そして結局たどり着くのは、
「この方は、これまでどんな生活を送ってきたのだろう」
という問いです。
経年で見るということ~健診結果は暮らしの変化を映している
私は健診結果を、できるだけ経年で見るようにしています。
1年分の数値だけを見ていると見えないものが、長いと10年並べると見えてくることがあります。継続的に関わっているからこそ、経年で見ることができる。単発の面談では見えないものが、そこには映っています。
体重が少しずつ増えている時期がある。肝機能がある年だけ跳ね上がっている。血圧が数年かけて上がり続けている。
そういう変化を見つけたとき、私が思うのは「この人の体に何が起きているのか」だけではありません。「この時期、この人の暮らしや仕事に何があったのか」を考えます。
数値の変化は、その人の生活の変化が映し出されたものだからです。
だから面談では、まずこう聞きます。
「この時期、何か変わったことはありましたか?」
職場が変わった、部署が変わった、家族の介護が始まった、子育てが忙しくなった。そういう話が出てくることがあります。数値は、その人の暮らし全体とつながっています。
人が行動を変える理由は人それぞれ~「さすがにやばいと思って」
ある方の話です。
HbA1cが10を超えていました。糖尿病の管理としては、かなり高い数値です。
翌年の健診で数値が改善していたので、「何かされましたか?」と聞くと、こう言いました。
「さすがにやばいと思って、歩き始めたんです」
ご自分で数値を見て、ご自分で動き始めた。私が何かを指示したわけではありません。
しかもその方、歩きながらYouTubeの配信までされていたそうです。歩くことが、いつの間にか楽しみになっていた。
知識や指導よりも先に、その人自身の「やばい」という実感が動かした。そのことが印象に残っています。
呼び出されるのが嫌で
別の方の話です。
仕事が不規則で、生活習慣がなかなか整わない方でした。特定保健指導の対象になり、面談をすることになりました。
その方がこう言いました。
「正直、呼び出されるのが嫌で来ました」
その言葉に、私は少し安心しました。嫌でも来てくれた。それだけで十分だと思ったからです。
話を聴きながら、その方が続けられそうなことを一緒に考えました。ただ、何をするかを決めたのは私ではなく、その方自身です。
翌年、特定保健指導の対象から外れていました。毎日歩き続けていたとのことです。
正直、私は驚きました。あの面談でそこまで変わるとは思っていなかったからです。
その方が動いた理由は、私にはわかりません。でも、嫌でも来てくれたその日から、何かが始まっていたのかもしれません。
かっこいい新婦の父でいたくて
もう一人、印象に残っている方がいます。
健診のたびに体重が少しずつ増えていて、私が「何か気になっていることはありますか?」と聞いた時のことです。
「娘の結婚式がハワイであるんです。かっこいい新婦の父でいたくて」
「それはいいですね」と私は思わず言いました。かっこいいお父さんでいたいという気持ちが素敵だと思ったし、応援したいと思った。
健康のためにやせましょう、ではない。娘の晴れの日に、かっこいい姿でいたい。その人にとってのリアルな理由がそこにあった。
その後、その方は食事を見直し、運動も続けられました。少しずつ体重が落ちていきました。
保健師が大切にしていること
この三人のエピソードに共通していることがあります。
どなたも、「正しい知識」で動いたわけではありません。「さすがにやばい」「呼び出されるのが嫌」「かっこいい新婦の父でいたい」という、その人自身のリアルな言葉と動機で動き始めた。
私が健診結果を見るとき、異常を見つけることよりも大切にしていることがあります。
健診結果は、異常を見つけるものではなく、その人を知る入口だと思っています。
数字の向こうにある暮らしを知ること。
そして、その人自身の言葉や動機に出会うこと。
私はそれを大切にしながら、面談に向き合っています。