保健師として面談をしていると、必ずと言っていいほど出会う言葉があります。
「わかってはいるんです。でも、できなくて」
野菜を食べたほうがいい。歩いたほうがいい。お酒は控えたほうがいい。
そんなことは、たいていの方がもう知っています。
それでも変わらない。
では、知識を伝えることに意味がないのかというと、そうではありません。ただ、知識を渡すだけでは足りないのだと、長く現場にいて感じています。
正しいことを言うほど、遠ざかることがある
以前、こんなことがありました。
「野菜を食べようと思って買うんですけど、一人暮らしだと使い切れなくて、結局捨てちゃうんです」
その方に「では小分けで買いましょう」と言うのは簡単です。
でも、話を聞いていくと、帰宅は遅く、買い物に行く時間も限られていて、料理をする余裕もない。その暮らし全体が見えてくると、「野菜を食べましょう」という言葉が、どれだけ的外れかが分かってきます。
正しい情報でも、その人の生活に置けない形で渡されると、届きません。
むしろ「またできなかった」という感覚だけが残って、自信を削ってしまうことすらあります。
人が動くのは、自分で気づいたとき
では、何が人を動かすのか。
私が見てきた限りでは、大きなきっかけよりも、小さな気づきの積み重ねです。
誰かにふと言われた一言。
鏡で自分の顔を見た朝。
子どもに「最近元気ないね」と言われた夜。
そういう、静かなところで人は動き始めます。
だから面談では、私はあまり教えません。かわりに、聞きます。
「最近、どんな感じですか」
「それ、やってみてどうでした?」
「どんな気持ちになりましたか?」
その人が「できた」と言ったとき、そこで終わらせないようにしています。
何ができたのか、そのときどう感じたのかを、本人の言葉で話してもらう。
自分の口から出た言葉は、他人から言われた言葉より、ずっと長く残ります。
小さな変化を、小さいままで終わらせない。
私が大切にしているのは、そこです。
個人の頑張りだけに、預けない
もう一つ、大事にしていることがあります。
それは、その人ひとりの努力に任せきりにしない、ということです。
たとえば職場に相談窓口があっても、誰に相談すればいいのか分からなければ、無いのと同じです。
健診結果を配っても、どこから読めばいいのか分からなければ、数字は数字のまま引き出しに入ります。
「無理せず休んで」と言われていても、休みにくい空気があれば、休めません。
これは本人の意欲の問題というより、環境の側が”使いにくい”という話だと思っています。
だから私は、その人の暮らしや働き方を一緒に見ながら、同時に会社や周りの環境にも目を向けます。
一人ひとりに関わることと、環境を少し整えること。この両方があってはじめて、行動は続きやすくなります。
「健康になる」の、その先へ
私が支援のゴールに置いているのは、実は「健康になること」そのものではありません。
その人が、その人らしく生きられること。
健康は、そのための土台です。
そして土台をつくるには、まず「安心」が要ります。困ったときに相談できる人がいる、という安心。相談することが特別ではない、という空気。
数字を並べて不安をあおるのではなく、
「今どっちへ向かっているか、一緒に見てみましょう」
「まず、この動かしやすいところをひとつ戻していきましょう」
そんなふうに関わりたいと思っています。
知識だけでは、人は変わらない。
でも、自分で気づいて、自分の言葉にして、環境が少しだけ後押ししてくれたら――人は、思っているよりも動き始めます。
その過程に伴走することが、私の仕事だと思っています。
